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たのしいことは人に伝えずにいられない
―「楽知ん研究者宣言」によせて―
松野 修

1997.6.29
●〈くいつきヘビ〉で教育学

 〈楽知ん〉とは,つまりは「普通の人びとにも耐えられる〈たのしい知〉」であるとか。そういうモノならボクにも心当たりがあります。それは〈くいつきヘビ〉です。

 〈くいつきヘビ〉というのは「指を入れると抜けなくなってしまう,かわいい紙ひも製のおもちゃ」です。沖縄のおみやげとして売っているそうですが,お菓子やさんなどでケーキの箱を包むときの紙のヒモを使えば,だれでも簡単に作ることができます。

 ボクは短大や専門学校などで「教育学」を担当することがあるのですが,毎年必ずこの〈くいつきヘビ〉を紹介することにしています。というのも,この〈くいつきヘビ〉は教育学の原点を教えるのに格好の教材だからです。その理由はつぎの「今週の御言葉」を読んでくださると分かります。(「今週の御言葉」というのは,〈くいつきヘビ〉を作ったあとで,配って読んでもらうものです。「どうして教育学の時間に,こんなおもちゃを作ったのか」を解説してあります)。
● 今週の御言葉 ●
「たのしいことは 人に伝えずにいられない」
 〈くいつきヘビ〉を作りながら,多くの人はきっと「よ〜しっ これを○○さんに見せてやろう」と思い,そのときのようすを心の中で想像してみて,にんまりとしたのではないでしょうか。〈くいつきヘビ〉のようなかんたんなおもちゃでも,いざ作るとなると,けっこうめんどうなものです。それでもなお,「よーし,ひとつ作ってみよう!」と,やる気になるのは,「あの人を楽しませてあげられかもしれない」という思いがあるからこそではないでしょうか?

 イギリスの哲学者,ジョン・スチュアート・ミル(1806〜1873)は,こんなことを言っています。「人間は,自分のタメにならないことをするはずがない。自分のタメだけに行動している時が,その人にとっていちばん幸せなときなのだ」と。……

 この言葉だけを聞くと「なんだか,心のせまい人だなあ」と感じる人もいることでしょう。でも,ボクはミルが好きです。ボクだって,自分のタメにならないようなことを強制されるのは,だいっきらいだからです。でも,ミルは続けてこんなことも言っています。「自分がいちばん幸せだと感じるときとはどんな時だろうか。自分の衣食が足りたときもそうだ。しかし他人の笑顔を見るときには,それ以上にうれしい気持ちになる」と。

 好きな人の笑顔を想像するだけで,それだけで心がウキウキしてしまう。そういう気持ちは,誰もがもっているのではないでしょうか。「他人の笑顔が自分の喜びでもある」というのは,なにも特別な優れた人だけでなく,誰もがもっている自然な欲求だと思います。人間は,ほんらい他人が好きなのです。だから,たのしいことを知ったら,その楽しさを誰かに教えてあげたくてしかたないのです。そういう気持ちを基礎にして人間は文化を創造し,文化を継承してきました。

 〈くいつきヘビ〉で一人で遊んでいる……なんてのは,どう考えても不気味ですよね。

●学生の感想から

このプリントを読んでもらったあとで,感想を書いてもらいました。その中からいくつかを紹介します。

* 彼氏のセーターを編むのと同じ?! (PN.しんじ)

 〈くいつくヘビ〉は誰かが彼氏のセーターを編んでいることと同じなのか……少しちがう気がするが……。他人のために一生懸命するということは,何にしても大変なことです。


* 私だけじゃなかったんだ (PN.梅干しが好き)

 ジョン・スチュアート・ミルの「人間は自分のタメにならないことをするはずがない。自分のタメにだけ行動している時がその人にとっていちばん幸せな時なのだ」というのを読んでドキッとしました。私はこのことを考えるたびに「他の人はこんなことは思わないだろうなぁ〜」と不安だったからです。はっきりいって安心しました。私もミルが好きです。
 実をいうと,ヘビを作りながら〈家族全員にかみつかせてやろう〉と思い,家族全員のヘビがとれなくて困っている顔が頭の中でまわっていました。うっししっ……


* バカうけするところまで想像してた (AIR-MAX)

 ヘビ作りは途中で真剣になってしまった。この「御言葉」のように作っている最中“あの子にやってやろう”とか遊ぶことを考えていた。しかもすごく想像がひろがって“ワーッ スゴイ!”とかいうセリフまで……。私もきっとニンマリしていただろう。 誰もが一ばん先に自分のことを考えるが,もっともっと他人とかかわるっていうか,一緒にたのしめたりすると,お互い楽しいと思う。手作りのおもちゃを作ってはうれしかった。親とも遊べるしぃ〜。


* 先生も「他人好き」なの? (PN.KINTA)

 今日の〈くいつきヘビ〈は,最初つくってたとき,もうできなくてイヤになったけど,できてくるとハマっちゃって,熱中してしまった。別に「あの人を楽しませてやろう」とか思って作ったんじゃなかったけど,なぜかハマった。でも作ってておもしろかった。
 先生も私たちが「わぁ〜っ!」って笑顔だった時,幸せになったの?
こんな具合で,この授業は大学でけっこう評判がいいです。もっとも,授業が終わったあと,おおぜいの学生が〈くいつきヘビ〉を振りまわしながら教室からゾロゾロ出ていくのを見ると,なんだかちょっと不気味な感じですけど。
●科学の研究も〈くいつきヘビ〉と同じこと

 感想文の中にときどき「今の学校の授業は,ちっともおもしろくない」なんてことが書かれていたりします。ときには名ざしで「○○先生の授業はヒドイ!」とか。そういうことはボクに言わずに学長か理事長に訴えてほしいと思うのですが……。たしかに,学校教育への風あたりは依然として強いです。でも,「たのしいことやおもしろいことを知ったら,誰かに教えないではいられない」という気持ちが人間にあるかぎり,教育がなくなることはないはずです。「たのしいことを教えること」って,学校ができるよりもはるかむかし,人類がコトバを発明したときから続いていることでしょ?

 ボクはいちおう「教育学者」ってことになってるけど,学校がなくなろうが栄えようが,そんなことはどうでもいい。そんなちっぽけなことより,「ねえ,こんなこと知ってた?」,「ほら,みて! みて!」なんて,〈おもわず人に教えたくなってしまいたくなるもの〉,〈思わず聞かずにいられなくなること〉を,少しでもたくさん自分のひきだしにもっていたいし,できれば,そんな話題を自分でもさがしてみたいと思っています。

 そのむかし,ガリレオが「地球はまわってる」とか言いふらして,教会の怒りをかって軟禁された事件がありました。ボクは〈くいつきヘビ〉の授業をするようになって,その気持ちが分かってきました。「ホラ!望遠鏡をのぞいてごらんよ!ねっ!ねっ! 月にも山があるでしょ?! 土星にも〈月〉があるよ! 宇宙は完全な球でできてるわけじゃないんだよ!……」。別にそんなこと言わなくてもいいのに,やっぱり発見しちゃえば誰かに言いたくなります。「そんなこと言っちゃダメっ!」って叱られても,もう黙っていられないと思うんです。科学研究のはじまりは,そういう「おしゃべり好きな人」の集まりがあって,そこでいろんな発表をしあっていたんですね。

●テツガク的な話題が〈楽知ん〉になる

 仮説実験授業は,「(つまらない)理科の授業を(小手先の技術で)たのしく教える方法」じゃないんです。「もともとの科学研究が,たのしくないはずがない。だから科学の原点に帰れば,かならず楽しい授業ができる」という見通しにたってできた授業です。だから「仮説実験授業」を知ってしまうと,「教えたり教わったりすることのたのしさを,もっとみんなで共有したい」という気持ちを押さえきれなくなってしまうんですね。でも,そういう楽しさは何も科学の授業ばかりじゃない。「ものづくり」だって,音楽だって,ほかにいろいろありそうなものです。

 「たのしい話題」といっても,特別な人だけにウケるというんじゃさみしいです。そういう話題は「他人ができないことが私だけにはできる,他人が分からないことが私には分かる」っていう,なんか〈くら〜い喜び〉になってします。そうではなくて,家族にも,いや,とおりすがりの見ず知らずの人にでも「知ってよかった。ほかの人にも教えてあげたい」と思ってもらえるような話題にボクは関心がある。もしそんな話題があるなら,それこそ世界中の人と仲良くなれるんですから。でも,人の興味や関心はいろいろですから,「誰でもが関心をもつ話題」というのは,いきおい,どっか根っこのところで,哲学的な内容をつながったものにならざるえなくなります。じっさい,科学研究も,とことんつきつめれば「この宇宙のなりたちやしくみのナゾを解きあかす」っていう自然哲学につながる話ですよね。そういう話題は一人占めできるものじゃないし,一人で探せるものでもない。やっぱり遠慮のないことの言える仲間がいないと,楽しくない。それに,他の人にウケものかどうか,どうやったらもっとよく分かってもらえるか,なんてことは仲間がいないと研究できないわけです。

 けっきょく〈楽知ん研究〉とは,「だれにでも楽しめるような話題を,仲間といっしょになって,探したり,調べたりすること」だと思います。衣服や建物は,だれかの手に入れば他の人は使えないし,使っているうちにいつかなくなります。でもたのしい知識は,誰とでも共有できるし,永遠になくなることもありません。「知ることの楽しさを共有する」なんて,人生で最高のあそびですよ

(おわり)